ESSAY心理学エッセンス

文章のやりとりがうまくいかないのはなんでだろう?

文章のやりとりがうまくいかないのはなんでだろう?

中川 由理

2021.12.01

社会・産業心理学分野

エクールで学生のみなさまからの質問に回答していると,いつも悩むことがあります。
文章の中の情報だけでは,本意が読み取れず,本当にこの回答でいいのだろうか?聞きたいことは何だろうか?もしかしたら学生は何かと勘違いをしている可能性があるかもしれない。本当に聞きたいことは他にあるのではないだろうか。など,なんとか頑張って想像して考えますが,文章以上の情報はその中にはないので,結局これで大丈夫だろうか?と不安になりながらエクールでの回答をしています。これまでエクールで質問をされた方の中には,「こんなことを聞きたかったんじゃないよ!」と思われた方もいるかもしれません。その節は申し訳ございません。この場をかりて謝りたいとおもいます。
とはいえ,なぜ,文章のみのやりとりは時にうまくいかず,齟齬を生じさせてしまうのでしょうか。実際に会って対面でやりとりを行う時はスムーズなやりとりが出来ているのに,文章のみのメールの内容を勘違いしてしまったり,文面から相手が怒っているように感じてしまい(本当は怒っていなかったのに)けんかになってしまったり・・・そんな経験はありませんか?また,メディア授業では授業内容が理解しやすいけれど,テキスト授業では理解しにくいなど感じたことはありませんか?なぜこのような違いが生じるのでしょうか。

実は,対面でのやりとり(コミュニケーション)では文章の情報以外にも,数え切れないほどの多くの情報を意識的あるいは無意識的にやりとりし,それを巧みに駆使し,相手の反応をうかがいながら,調整して,コミュニケーションを行っています。このような文章の情報以外による,コミュニケーションのことを,「非言語的コミュニケーション」といいます。この非言語的コミュニケーションは声の調子や動作,接触行動,空間行動,環境,人工物の使用,身体特徴の種類があり(Knapp et al.,1978),これらはその人の人格や態度,感情,価値観,状況的意味をも伝えることがあります。つまり,対面でのコミュニケーションでは,相手がどのような人で,どのような悩みを持っていて,どのようなことに興味関心を持っていて,どのような状況だから,今,きっとこんなことを相談したいのだろう。などということを非言語の情報から推測し,補完しながら言語の情報を聞くことになるので,その言語情報の理解がより促進され,コミュニケーションがスムーズになることが考えられます。一方,言語情報のみだと非言語情報の補足情報が無く,情報量が少ない文章である場合は言語情報のみで理解するには困難な状況に陥ってしまいます。これが齟齬を生じさせてしまう原因になってしまうのではないでしょうか。
メディア授業では,教員の表情や動作,声の調子などの非言語の情報を受け取ることができ(例えば,どこが大事なのか等を推測することができる)るので,これが文章の情報を補完して,授業内容理解をしやすくしてくれているのかもしれません。

また,私たちは,他者の顔の印象からポジティブな感情を認識し,信頼できるか否かを判断してコミュニケーションを行っています(Todorov,2017)。そして,他者の信頼性を高く評価すると私たちの態度が変容することが知られています(e.g,Hovland & Weiss,1951)。これは,私たちが,他者の非言語情報に影響をされて簡単に他者の意見に同意してしまうことを示唆していると言えるでしょう。
メディア授業の場合だと理解しやすいのに,テキスト授業だと理解がかなり難しいと感じているのは,もしかしたら,メディア授業の教員の感情豊かな表現から信頼性を認知し,授業内容の理論はその通りだ!と同意の影響を受けた結果,理解できたと感じているのかもしれません。
しかしながら,注意しなければいけないのは,このような非言語情報からの信頼性の認知は勘違いである場合も多い(Todorov,2017)ということです。非言語の情報は言語情報を補完してくれ,相手の信頼性を判断するきっかけになり,私たちのコミュニケーションをスムーズに,そして,円滑にしてくれる一方,間違うこともあるのです。と,考えると,理解出来たと思っていた内容は実は理解出来ていなかった。ということがあるのかもしれません。過度に非言語情報に頼ってしまうと本来の文章のそのものの内容を見落としてしまうでしょう。
結局,非言語的コミュニケーションでもうまくいかないこともあるのかよ!言語と非言語どっちがいいのだ!と今ツッコミを入れられたかと思いますが,やはり,ここは言語情報に注目し注意深く理解し,適度に非言語情報で補い,過度に非言語情報に影響されすぎないようにするために言語情報を丁寧に理解しようとする試みはとても大切な事であるといえます。そう考えると,テキスト授業においての文章のみの学習方法もとても効果的なものとなっているでしょう。
ということで,みなさまからの質問に回答する際には,余計な情報を勝手に推測せず,文章の情報を丁寧に読み取り理解していこうと改めて思った次第です。 非言語情報も大切ですが,言語情報でやりとりをする際には,言語情報のみでも相手に的確に伝わるように,シンプルな文章構造で丁寧に分かりやすく説明することを心がけられるとよいかと思います。

引用文献
Hovland, C.I., & Weiss,W.(1951)The influence of source credibility on communication effectiveness. Public Opinion Quarterly, 15, 635-650.
Knapp,M.L., Wiemann,J.M., Daly,J.A.,(1978) Nonverval communication :issues and appraisal. Human communication research, 4(3),271-280.
Todorov,A.,(2017) Face Value: The influence of First Impressions Princeton university press. (邦訳 アレクサンダー・トドロフ『第一印象の科学 なぜヒトは顔に惑わされてしまうのか?」 中里京子(訳),作田由衣子(監修),みすず書房2019年