ESSAY心理学エッセンス

そのチケットの価値はいくら?

そのチケットの価値はいくら?

前田 洋光

2023.03.09

#お金・暮らし

 2022年はサッカーW杯に日本中が熱狂しました。この記事を書いているのは3月上旬、まもなくWBC (Word Baseball Classic) が開催されます。2023年はバスケットボールやラグビーもW杯がありますので、スポーツ好きの私からすると楽しみがいっぱいです。

 さて、前置きはこれくらいにして、以下の2つの場面を想像してみてください。(野球が好きでないのなら、WBCの部分を別のスポーツや、あるいは好きなミュージシャンのライブのチケットを想定してみてください。)
■もしあなたがWBCのチケットを手に入れることができるなら、最大いくらまでなら払うでしょうか?
■その手に入れたチケットを他者から譲ってくれないかという申し出があれば、最低いくらだったら売ろうと思いますか?

 何を言っているのだ?と思うかもしれませんが、実はこのようなことを行った先行研究があります。Carmon & Ariely (2000) では、NCAAバスケットボール決勝トーナメントの観戦チケットを対象に実験を行っています。少し詳細に説明します。アメリカでのバスケは人気スポーツですし、熱い戦いを繰り広げるリーグなので、観戦したい人は多数います。ですので、このチケットが実際に手に入るかどうかは、抽選(偶然の運)に委ねられます。ここで、Carmon & Ariely (2000) は、“抽選をはずした人”=買い手には「最大いくらまでなら払えるか」を、“当選した人”=売り手には「最低いくらだったら売ろうと思うか」を質問しました。
 この額は、「この試合に対する価値」を表していますが、抽選に当選・落選の違いはあれど、もともとはこの試合を見たかった人たちです。売り手であろうと買い手であろうと、額に違いはないと想定できるかもしれません。ですが、実際の実験結果では、買い手側の平均買い値額は約$166(これでも高い!)であったのに対し、売り手側の平均売り値はなんと$2,411(めちゃくちゃ高い!!)ほどになっていました。つまり、自分が売り手のときに、チケットの価値を過大評価することがわかりました。

 実はこれまでの研究で、人は自分の所有しているモノに対して、高く価値づける傾向にあることが指摘されています。これを「保有効果」といいます。では、なぜ保有効果は生じるのでしょうか。Kahneman (2011) はその理由に「損失回避」を挙げています。その前提となるTversky & Kahneman (1981) のプロスペクト理論(プロスペクト理論の詳細はホームページの都合上省略する)によれば、「損失」は同等の「利益」よりも価値を高く感じることが知られています。例えば1万円得するより、1万円損した方が心理的なインパクトは大きいのではないでしょうか。そのため、私たちは基本的に「利益を得ようとする」よりも、「損を避けようとする」意思決定を行いやすいとされています (Tversky & Kahneman, 1991)。上述のチケット実験でも、一度手に入れたものを手放すことを「損失」と捉え、それを避けるために保有効果が生じると考えられます。

 この保有効果は、日常生活でも至るところで起こります。例えば、もう着ないであろう服がクローゼットの中で眠っているなど、不要だと認識しているものであったとしてもなかなか捨てることができない現象は、この保有効果からも説明できます。あるいは、フリマサイトに出品する場面やリサイクルショップに売る場面でも、売り手か買い手かで意識のズレが生じ、それがトラブルの原因になることもあるのではないでしょうか。

 ともあれ、これからはじまる色々なスポーツイベント、みんなで熱く応援しましょう!


Carmon, Z. & Ariely, D. (2000). Focusing on the forgone: How value can appear so different to buyers and sellers. Journal of Consumer Research, 27, 360–370.
Kahneman, D. (2011). Thinking, fast and slow. London: Allen Lane.
Tversky, A., & Kahneman, D. (1981). The framing of decisions and the psychology of choice. Science, 211(1), 453-458.
Tversky, A. & Kahneman, D. (1991). Loss aversion in riskless choice: A reference-dependent model. Quarterly Journal of Economics, 106, 1039-1061.