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心理学エッセンス

発達・教育心理学分野

「主体としての自己」の回復

中村 和夫

2015.09.10
金子みすゞの詩によせて

 内省によって自分を省みるとき、心の中には、「省みる自分」と「省みられる自分」が存在していることがわかります。この場合、「省みる自分」は主体として自分を吟味する自己であり、「省みられる自分」は吟味される客体としての自己ということになります。このように、自己は「主体としての自己(I)」と「客体としての自己(Me(s))」から成り立っています。自分を内省すれば、そこには、「大学生の私」「明るい私」「公務員になりたい私」「寝坊な私」などなど、いろいろな私が現れるでしょう。これらが「客体としての自己」で、多様な、時には矛盾した私の姿を呈します。それに対し、これらの多様な私をひとつに統合し、他の誰でもない「無二の私」を立ち上がらせているのが「主体としての自己」なのです。「主体としての自己」が、客体としての様々な自己をひとつに統合することによって、確固とした全体としての自己(人格)が成り立っているわけです。

 ところが、近年では、現代の青年について「多元的自己」とか「分権的自己」といわれる新しい自己観が提唱されています。それによると、現代の青年には「主体としての自己」がとても脆弱で、客体としての様々な自己をひとつに統合していないというのです。それゆえ、自己とは、「客体としての自己」が場面ごとに分散し、バラバラに共存している状態だと考えられています。あまりにも複雑で目まぐるしく変化する現代社会では、それぞれの場面ごとに、即座に対応できる「客体としての自己」がバラバラに発達していくだけで、これらのバラバラな自己を統合する「主体としての自己」が育ちにくいというわけです。

 卒論や就活の取り組みの只中にいても、「自分が本当にやりたいことがわからない」といつまでも困惑し続ける多くの大学生に出会います。また、彼らは「ずっと周囲に気を使ってきて、本当の自分を出すことはない」とも言います。しかし、「本当の自分って何?」と問われると、「わからない」と言います。「わからない」けれど、自分が本当の自分ではないという気がしていることは、確かなのです。このように、彼らの自己の統合性の弱さと拡散状態はとても深刻に思われます。彼らが「主体としての自己」の育ちを回復できるよう、大学での学びと経験が貢献できることを念願しています。