心理学エッセンス
人生に無駄はない?!
大久保 千惠

幼い時からスキーを楽しんできました。スキーは山の斜面を斜めに滑り、ターンを繰り返しながら山のふもとまで降りていきます。急斜面を滑るときに、恐怖心から上体を山側に向けてしまうことがありますが、自分をかばうかのようにからだを山側に向けるとターンができず転んでしまいます。急斜面になればなるほど、自分の上体を思い切って谷側に投げ出すかのような感じ、スキー板よりも体が下になるように滑ると転ばずに滑ることができます。このことをわたしは「スキーの教え」と呼び、ピンチに陥ったときは自分をかばうように縮こまるのではなく、問題に身を投げ出すかのように真正面から立ち向かってみよう、と考えるようになりました。心理学を学んで、これは「ストレスコーピング」にあてはまるのではないかと考えました。ストレスコーピングとはストレス対処するために行われる個人の認知的および行動上の努力のこととされて、直接状況や問題に働きかけ、それを変化させることでストレスに対処する試みを「問題焦点型コーピング」といい、状況を認知的に再評価し、情動的な苦痛を低減することでストレスに対処する試みを「情動焦点型コーピング」といいます。「スキーの教え」は「問題焦点型コーピング」をすることだったのだと気づきました。
中学生からはテニスを始めました。テニスでは、相手の不意をついた攻撃や鋭いスマッシュを打ち込むこむことよりも、ラリーを長く続けることの方がずっと難しく感じました。ラリーでは、相手から飛んでくるボールの力を利用して打つと良いとも言われています。ラリーを長く続けようとするのであれば、相手が受けやすい位置にボールを打ち返すことや、相手のボールの力と同じくらいの力で打ち返すことが必要となるでしょう。これをわたしは「テニスの教え」と呼び、カウンセリングを始めるようになってからは、クライアントさんとのやりとりの時に思い出します。クライアントさんを尊重し、共感的理解をしながらクライアントさんがご自身で自分の問題解決に立ち向かっていかれることをサポートするやりとりは、長く続けるテニスのラリーに似ていると思います。
大学生になってからは、琵琶湖でヨットに乗るようになりました。ヨットといっても船外機がついているような豪華なものではなく、「470級」「スナイプ級」という二人乗りの小型ヨット(ディンギー)です。ヨットは風を帆に受けて生まれる揚力をうまく利用して進みます。ちなみにヨットは風上に向かっても進むことができます。ただし、風上にまっすぐに進めるのではなく、風向きに対して45度以上の角度で登ることになります。右に45度で登り、左に45度という具合にジグザグ走行します。多くの風を受けると船が傾くので、平行に保つために船から身を乗り出して体重をかけたりしますし、「沈(ちん)」といってひっくり返ってしまい、琵琶湖に投げ出されることもあるので、なかなか過酷なスポーツです。ヨットは風を受けて進むということは、凪いだ状態ではどうなるのでしょうか。潮流などもあるのでまったく動かないというわけではありませんが、どうにもならないときもあります。パドルで漕がないと岸まで帰れないこともあります。自然に対して人間の非力さを感じます。これをわたしは「ヨットの教え」と呼び、答えがみつからないことを抱えながら生活をしなければならないときもある、しばらく待ってみよう、流れに身を任せてみようなどと思ってきましたが、これは「ネガティブケイパビリティ」に近いのではないかと考えるようになりました。ネガティブケイパビリティとは「答えが出ない事態に立ち止まる力」「答えを急がず立ち止まる力」などとされています。普段の自身の生活でも「ネガティブケイパビリティ」が必要ですが、カウンセリングにおいても簡単には答えがみつからないことを抱えながらクライアントさんの自己実現をサポートします。
スキー、テニス、ヨットなどは遊びや楽しみにすぎないのですが、私がこっそり「○○の教え」と名付けてきていたことが、心理学を学ぶことによって、心理学の理論とつながりました。つくづく人生には無駄はないなーと思っています。