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心理学エッセンス

社会・産業心理学分野

「平穏な日々」を迎えるためにわれわれがすべきこと

永野 光朗

2021.01.12
「平穏な日々」を迎えるためにわれわれがすべきこと

さて心理学はどのような学問だと思いますか?
これに対する答えは様々だと思います。一般的には「人間の心を読むこと=心理学」というイメージが強いですが,この表現は必ずしも正しいとは思いません。学問としての心理学の本質は「心を読む」という意図を離れて,人間の心や行動を冷静に,淡々と,謙虚に,中立公平な立場で理解することだと考えています。そのために心理学は実証性を重要視します。実験や調査に基づいた人間理解により,単なる思い込みではなく,データを踏まえて人間を正しく理解していくことが重要です。
とはいえ人間の心は目に見えないので,それがどのような仕組みになっているか非常に分かりにくいですね。少し具体的な例をあげて説明をします。新型コロナウイルス感染拡大でたいへんな状況になっていますが,この状況を心理学分野の概念で説明できるかを考えてみます。
いま様々なことがたくさん起こっていると思いますが,新型コロナウイルスが広がった理由のひとつに皆が「自分だけはかからない」と信じ込んでいることが原因とされています。この病気にかかる可能性は客観的には一定の確率で存在しています。それを「自分だけは大丈夫」と判断することは,人間の捉え方に歪み(バイアス)があるということです。人間の認知的判断にはさまざまバイアス(認知的バイアスと言います)が存在しますが,このようなバイアスを「正常性バイアス」と言います。
つぎに感染拡大初期においてはマスクだけではなく,トイレットペーパーのような物資が店頭からなくなったことが伝えられています。「トイレットペーパーの材料は中国で作られている」といったSNS上のデマ(流言)が原因とされていますが,このように人間がとったある行動が社会全体に影響して皆が一定の方向に押し流されていくことがあります。流行現象などもそうですが,人間同士のお互いのやり取り(社会的相互作用)の結果,集団や社会全体が強い力で動かされて生じる人間の行動を「集合行動」と言います。特にコロナ渦などで人々が不安になったという状況の中でこのような現象が起こりやすいと言われています。この仕組みは非常に複雑で説明は難しいですが,社会心理学でさまざま研究がなされています。 少し悪いことばかり書きましたので次に良いことを書きます。この危機的な状況の中で医療機関の方々が命を救うために全身全霊を込めて努力されています。そしてそのことを評価して支えるために,人々は病院の周りで拍手を送り,必要な物資を無償で提供するなど支援の輪が広がっています。人間が自己の利益だけを求めているとするならば,このような「利他的行動」は説明ができないのです。利他的行動は進化の過程で身につけられ,それが故に厳しい生存競争に人間が生き残ったという説明が可能です。「人は人を支える」ということを強く信じ,このような優れた行動を人間の重要な特性として位置づけて,より良い社会をつくっていくことが大切です。
最後にもうひとつ説明を加えます。今回の災難の結末を社会の人々がどのように予想するかが重要です。「社会全体が悪くなっても自分だけは大丈夫と思い込む(正常性バイアス)」,「社会の雰囲気とか人の動きに任せて自分の行動を決めるしかない(集合行動)」,「人はどうせ自己の利益のためにしか動かない(利他性の否定)」と思って「社会はいずれ破滅する」と世の中の人全員が考えたらどうなるでしょうか?おそらく「破滅」という予言通りの結果を迎えることは間違いがないと思います。心理学ではこれを「自己成就予言」と言います。あらかじめ物事の結果を予測することでそれを生み出すような行動をとってしまい,その通りになるということです。
みなさんがふだん何となく気づいていた人間の考え方や行動が,「正常性バイアス」,「集合行動」,「利他的行動」,「自己成就予言」という4つの概念を使うことでかなりはっきり見えたのではないでしょうか?
重要なことは,このような概念化によって,このあと自分自身がどのような行動をとるべきか判断することです。いまいちばん大事なことは,正確に状況を把握し(正常性バイアスの抑制),周りに影響されずに冷静に行動を決定し(集合行動による影響の排除),周りの人々と協力し合い支え合うことです(利他的行動の促進)。
そして何よりも「かならず平穏な日々がやってくる」ことを強く信じ,そのように予言して自らの行動をその達成に向けて決定すること(ポジティブな自己成就予言の達成)だと考えています。
心理学の知識はこのような人間理解を通じてよりよい社会の形成につながると信じて勉学に取り組んでいただきたいと教員として切に願っていいます。