ESSAY心理学エッセンス

事実に基づき考えることの大切さ~高齢ドライバーによる交通事故から~

事実に基づき考えることの大切さ~高齢ドライバーによる交通事故から~

木村 年晶

2022.12.01

#医療・福祉

この原稿を書いているときに高齢ドライバーの交通事故のニュースが入ってきた。11月19日夜、97歳の高齢者が運転する自動車が数十メートルにわたり歩道を走行し,歩道にいた女性をはね死亡させたという。つい先日も高齢ドライバーが京都縦貫を逆走し,その本人と衝突された車に乗っていたドライバーが亡くなっている。確かにこのようなニュースを聞くと,高齢ドライバーは事故を起こしやすいため,免許返納を進めるべきであると考えてしまうかもしれない。
実際に65歳以上の高齢ドライバーによる交通事故は増えているのだろうか。全体の事故に占める高齢ドライバーによる事故割合の推移を2011年から2021年までで見ると,一貫して上昇傾向にある。ただしこの結果は,高齢者の事故が増えているわけではなく,高齢者以外の年齢層の事故が減少しているため,相対的に高齢ドライバーが占める事故割合が上昇していることを意味している(下図参照)。実際,同じ年間の推移を65歳以上の高齢ドライバーによる交通事故件数のみで見てみると,3万5,803件減少していることが分かる。さらに,10万人当たりの交通事故件数の比較では,16歳から24歳までの若年ドライバーは年間で669.8件であるのに対して,高齢ドライバーは359.5件にすぎず他の年齢群と比較して,多くの事故を起こしているわけではない(警察庁,2022)。
にもかかわらずなぜ高齢ドライバーは免許を返納した方が良いという議論が生じるのであろうか。日常における判断のほとんどにおいて,私たちはヒューリスティック(heuristic)とよばれる直感的な思考を用いている。ヒューリスティックとは,ものごとや出来事がもつさまざまな特徴のうちのごく限られたものだけに注目し,そこから経験的に正しいと思われる答えを導き出すという思考様式のことである。多くの場合にはそれなりに妥当な答えを得ることができるが,時として誤りや歪みを含む可能性も指摘されている(芝田,2016)。
高齢ドライバーの交通事故は,逆走など事故の形態がそれまで見られなかったことや,事故被害の大きさなど,一件一件の事故に注目すべき価値が高いため,近年ニュースをはじめマスメディアで取り上げられる機会が多くなっている。そのことが「高齢ドライバーによる交通事故が当たり前のように日常で起きている」という誤った認識を私たちに与え,「高齢ドライバーは危険であるのだから免許を返納させるべきだ」という考え方に繋がっていく。
科学的証拠(evidence)や事実(fact)が欠如した「高齢ドライバー=危険」といった考え方は,高齢者に対する偏見だけではなく,高齢者が自立的生活を営むことや心身の健康を維持することを困難にさせてしまう。現代の高齢者は,一人暮らしと夫婦のみの世帯とを合わせると,60%を超えており(内閣府,2022),特に公共交通機関が未発達な地方では,車は病院や買い物などに行く手段または外出機会を維持するうえで不可欠となっている。このような現状を踏まえ,まずは高齢者の中でも認知症とそうではない心身機能を維持した高齢者とを分けた冷静な議論が求められている。そのうえで免許の返納が必要と判断される場合には,車がなくても自立した生活や社会的活動が脅かされることのないよう,高齢者本人の気持ちに十分配慮しながら進めていく必要があるだろう。

引用文献
芝田征司(2016).環境心理学の視点―暮らしを見つめる心の科学― サイエンス社
警察庁(2022).令和3年交通事故発生状況
内閣府(2022).令和4年版高齢社会白書