ESSAY心理学エッセンス

一人ひとりのこころと行動が社会を変える?「社会的ジレンマのしくみ」

一人ひとりのこころと行動が社会を変える?「社会的ジレンマのしくみ」

山口 裕幸

2024.10.01

#おすすめの心理学書籍

皆さんにおすすめしたい心理学分野の書籍はたくさんありますが、私の専門とする社会心理学の領域で自分が読んで「これは面白かった!」と実感したものを紹介させてもらいます。もちろん、今回紹介する書籍以外にも面白いもの、感銘を受けたものなど多数ありますので、それらもいずれ紹介していきます。
今回紹介するのは、山岸俊男さんが1990年に上梓した『社会的ジレンマのしくみ』(サイエンス社)です。ひとことで言うと、個人の心理や行動と社会全体に発生する様々な現象との関係を考える内容です。
例えば、台風・豪雨による激烈な自然災害や猛暑の夏等の異常気象の原因は、二酸化炭素(CO2)の排出によって地球全体が温室のように温暖化してしまっていることにあるのはよく知られています。そして、長年にわたりその解決策として、世界中で排出が増え続けるCO2を削減する必要性が強く指摘され、様々な国際的取り決め等も工夫されてきました。しかし、改善するきざしは見えず、むしろ悪化しているようにさえ感じられます。なぜ、CO2削減はうまくいかないのでしょうか。地球温暖化は世界規模の大きな社会現象ですが、実は我々ひとり一人がわがままを我慢できないところに根源的な理由があることを社会心理学の視点から説明してくれるのが本書です。
もう少し身近な事例で考えてみましょう。皆さんが住む街にもゴミ出しのルールがあると思います。皆さんは、そのルールを守って定められた曜日以外にはゴミは出しませんし、求められている分別もしっかり行っていることでしょう。しかし、想像してもらいたいのですが、もしそのルールを守らない人がたくさんいるとしたら、皆さん自身はルールを守る気になりますか?中には「他の人はどうあれ、自分は絶対にルールを守る」という人もいるかもしれません。でも、ゴミはできるだけ早く捨ててしまいたいし、分別作業は面倒くさくて嫌だと感じている人たちもいて、そんな人たちは「他の人たちがルールを守っていないのに、なぜ自分が律儀に守る必要があるだろうか」と思うでしょう。実際のところ、そんな思いは多くの人が素朴に持っていて、互いに影響を及ぼしあい承認しあって、まるで雪だるまのように多数者行動として社会の主流になっていきます。「ゴミはさっさと捨てて快適に暮らしたい」とか「ルールを守るのは面倒くさい」という些細な人間のわがままが、社会の多数派行動に反映されてしまうと、最終的には皆でゴミだらけの街で生活するしかなくなってしまいます。
ひとり一人が、ちょっとしたわがままを我慢できないことで、社会全体として不幸な状態に陥ることを、「意図せざる結果」と呼びます。日本社会ではゴミだしルールはよく守られていることでしょう。でも夏場のエアコンの使用に際して、熱中症予防に必要な温度よりも低い温度設定をしないようにしろと言われたらどうでしょうか。エアコンによる膨大な電力使用も地球温暖化の主要因のひとつです。とはいえ、個人としては「快適に暮らすためにそれくらいのわがままは許してよ」とか「自分一人くらいなら問題ないだろう」と考えて、ついついわがままな行動を選択してしまうのではないでしょうか。この地球温暖化問題を解決して行くには、ひとり一人がどうすればわがままを我慢できるか、その対策を考えることが大事になります。でも、指摘するのは簡単ですが、実際に効果的な対策を実現することは難しいものです。地球温暖化解消への取り組みもひとり一人がわがままを我慢できないことが大きな障壁になっています。
山岸俊男さんは、個人の利益と社会の利益とが対立してしまう状況を社会的ジレンマの観点から説明しています。そして、この著書とその基盤となっている実証研究の成果を生かして、社会に対する人々の信頼のあり方が鍵を握っていることに着目して研究を進め、さらに欧米諸国と日本との社会への信頼のあり方に文化的な違いがあることを明らかにしながら、進化論的な見地から検討を進めました。それらの出発点になっているのが、今回紹介した『社会的ジレンマのしくみ』(サイエンス社)です。
山岸俊男さんの著書は、専門的ですがわかりやすく、文庫や新書になって手に取りやすいものもたくさんあります。理論的にも現実問題の解決を考えるうえでも、非常に知的刺激に満ちたものばかりです。皆さんの人間の心理と行動についての学びを深めるのに大いに役立つと思います。

※ 学びを深めるのに役立ちそうな関連する他の書籍も紹介しておきます
◆ 山岸俊男 (1998) 『信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム』 東京大学出版会
◆ 山岸俊男 (2010) 『心でっかちな日本人―集団主義文化という幻想』 筑摩文庫
◆ 長谷川眞理子・山岸俊男 (2016) 『きずなと思いやりが日本をダメにする 最新進化学が解き明かす「心と社会」』 集英社インターナショナル