心理学エッセンス
「安全」とはどんな状態?
浦山 郁
授業で「安全」とは何かについて説明するときに、「最も安全な移動手段は何でしょうか?」という問いを学生に尋ねます。皆さんはどう考えますか。
よく返ってくる答えとして、新幹線を含む鉄道が挙げられます。確かに我が国における鉄道運輸は極めて安全性が高く、他の移動手段に比べても安全かもしれません。
他にも少し捻くれた?回答として、徒歩やシルバーカー、竹馬、パンダカー(昔遊園地にあったパンダを模したアトラクション)といったトリッキーなものも挙がってきます。また、車やバイクの運転に自信のおありの方は、「自分の運転する車やバイクこそ最も安全だ」と考える方もおられるかもしれません。
内閣府(2025)によれば、国内の令和6年度における10万人当たりの交通事故死者数は歩行中(0.78)が最も高く、次いで自動車(0.70)、自動二輪車(0.30)、自転車(0.26)と続きます(自動車以降はいずれも乗車中)。それに対して、鉄道事故による死者数は、先ほどに挙げたどの交通手段に比べても少なくなっており、航空機事故の死者数はさらに少なくなっています。このデータから判断すると、航空機が最も安全で、次に鉄道、自転車、車・バイクと続き、徒歩が最も危ないということになりそうです。
また、ご紹介したデータはあくまでも事故における死者数でしかなく、例えば他に事故によるケガや損害(経済的、精神的)、また、公共交通機関で生じる遅延や運休などによる被害といった点なども考えられそうです。
結局のところは移動をする以上、少なからずその道中で何らかの被害に遭遇する可能性が生じます。過去の事故発生状況などから「相対的に」安全な移動手段を議論することはできたとしても、100%「安全」な(=つまり、リスクがゼロの)移動手段というものは、今のところは存在しないと言えそうです。
これは移動手段に限った話ではありません。どれほど最先端の科学技術やノウハウを使っても、事故が絶対に起こらないと断言することはできません。リスクはゼロイチで決まるものではなく、その程度や確率の問題として扱われる問題だからです。
端的に「安全」を定義したものとして、様々な製品やサービスの安全性について標準化・規格を行っているISOは次のように表現しています。
安全とは、「許容できないリスクがないこと(ISO Guide 51, 2014)」
つまり、「安全」とはゼロリスクのことを指すわけではありません。多少の危険を認めたうえで、許容できるものは許容し、これは許容できない、としたものを取り除いた状態を指します。我々はつい「安全」をゼロリスクと捉えてしまいがちですが、実際にはそうではなく、得られる利益に対して「どれくらいの危険は許容できるのか。」という視点で「安全」を判断します。その許容できる範囲をどこまでとするかは、個人や社会・集団、あるいはその他さまざまな心理学的要因が関係していると言えそうです。
パンダカー移動は、電池切れや周囲からの嘲笑といったリスクを許容できないので、私は選択しません。
【引用文献】
内閣府(2025). 令和7年版交通安全白書 全文(PDF版)https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/r07kou_haku/index_zenbun_pdf.html(2025年11月7日確認)
ISO/IEC (2014). Guide 51: Safety aspects̶ Guidelines for their inclusion in standards, 3rd edition, 5, 1–16.