心理学エッセンス
こころに思いを馳せる
嶺 哲也
学校や職場、家庭、さらには道行く人やSNSなど、誰もが他者とかかわり生きています。そのような人と人とのかかわりの中には、お互いのこころが存在しています。
さて、私たちはそのこころに思いを馳せることができているのでしょうか。
突然ですが、次のような状況を想像してみてください。あなたは会社員です。淡々と業務を遂行しており、心にゆとりがあります。そんな中、同じ部署の後輩に目を向けると、なにやらマニュアルを神妙な顔で読み、文字通り頭を抱えている様子。
あなたはこの後輩について、どのように思いますか?
きっと多くの人はその後輩の様子や行動から、瞬時に「どうしたのかな、神妙な表情をしているし難しいのかな。もしかして困っているのかな。」といったように考えるでしょう。このような過程をメンタライジング(e.g., Allen, et al., 2008)といいます。
メンタライジングは「自分や他者のこころに思いを馳せること」、「自分や他者の行動を、その人のこころの状態と関連づけて考えること」を中心とした概念です(池田,2021)。相手の心理状態を見抜く力ではなく、自他のこころに対して柔軟に捉えたり解釈したりする過程を意味します。
簡単なスキルのように思えますが、意外と難しいことかもしれません。何故なら、もしそのときあなたの業務量がとても多く余裕が全くない状態だとすれば、メンタライジングは柔軟さを損ない、「仕事のできないやつめ!」と思ってしまうかもしれないからです。つまり、メンタライジングは常に完璧なものではなく、特に恐れや怒りなどの強い感情を抱いているときには上手く働きにくくなるとされています。
次に、“最近恋人からの返信が遅い”という状況について考えてみたいと思います。
上手くメンタライジングを行える状態にある場合、「忙しくて手が離せない、あるいは今日は疲れているのかも。それか今は面倒なのかな」といったように考えるでしょう。返信が遅いという行動から相手の心理状態を多面的に捉え、柔軟なメンタライジングができているといえます。
ところがもし、返信が届かないことに対する強い不安にとらわれ、メンタライジングが一時的に低下している人がいたとすれば、「返信がないから私は大切にされていないのでは」と心配になるかもしれません。返信の遅さがその確たる証拠ではないにもかかわらず…。
対人関係の中で強い感情にとらわれたときは、一度立ち止まってメンタライジングを行うことで、強くなりすぎた感情にブレーキをかけることができるかもしれません。例えば、「なぜ自分はそう感じたのだろう」、「相手の言動の背景にはどんな思いがあったのかな」と自分や相手のこころに思いを馳せるように。
とは言っても、誰でも疲れているとき・傷ついたとき・強い感情に巻き込まれたときには、こころに思いを馳せる余裕を失います。だからこそ、「今は少し難しくなっているかもしれない」と気づき、立ち止まること自体が、メンタライジングの第一歩なのかもしれません。
引用文献
Allen, J. G., Fonagy, P., & Bateman, A. W. (2008). Mentalizing in clinical practice. American Psychiatric Publishing.
池田 暁史(2021). メンタライゼーションを学ぼう 日本評論社