本文へ移動

心理学エッセンス

見えにくい差別の構造 ――私たちに潜む参照枠を問い直す――

こころの健康 New

竹田 駿介

BLM (Black Lives Matter)以後の社会状況を背景に,米国精神分析協会は人種的公正に関する委員会を設置し,精神分析界における人種差別とその制度的背景を検討した報告書を公表しました(Holmes Commission,2023)。日本では差別の議論が日常に現れにくいこともあり,こうしたテーマはどこか遠い問題のように思えるかもしれません。しかし,他者を理解する枠組みがどのように形づくられるのかを考えることは,私たち自身の身近な関係や実践を振り返る機会にもなります。 

まず,今回のエッセイでは,差別(discrimination)・人種主義(racism)といった概念を厳密に区別しきるのではなく,相互に重なり合いながら個人と社会の双方に現れる現象として扱います。欧米の精神分析・社会心理学の研究では,差別は社会構造の問題であると同時に,私たちの無意識にも働く心理的現象として理解されています。RehoとSanchez-Cardenas(2022)は,racismを無意識的力動と社会的・文化的文脈が相互作用する psycho-social な過程として捉えています。彼らは,社会的言説や文化的意味づけが内面化されることによって,他者理解の枠組みが形成・維持されていく点を強調しています。 

もっとも,これらの研究の多くは欧米の歴史・社会文脈に根ざしており,日本社会の構造的差別や民族性に関する実証研究はまだ十分とは言えません。ここではあくまで,日本の文脈を照らすための「参照枠」として紹介しています。 

次に差別を受ける側について目を向けてみます。Hart(2019)は差別的な出来事が一見すると小さな出来事であっても,心的外傷後反応に類する反応が生じうると論じています。差別が個人の安全感や自己理解に深く関わる経験であることを示す研究です。 

こうした知見に触れると,私自身,教育や臨床の場で語る際の立場を意識せざるを得ません。語り手が持つ無意識の前提や特権性が,意図せず差別の再生産に関わる可能性があり,慎重さが求められます。大学教員の言葉は“正しさ”として届きやすいため,とりわけ配慮が必要です。 

差別は,社会的構造に支えられながら私たちの無意識的な前提や防衛の形としても作動しています。その作動を見ていく作業は,自身の無意識の加害性や脆弱性に向き合う苦しさを伴うかもしれません。相手を理解するための姿勢が,ときに相手を傷つける姿勢になってしまうことがある。その事実に向き合うのは苦しい作業ですが,避けては通れない課題でもあります。その困難さを避けずに対話の場を丁寧に整え,他者の語りに耳を傾けようとすることが,見えにくい差別の影をそっと照らす一つのきっかけになるのではないかと感じています。

【参考文献】

Hart, A. (2019). The discriminatory gesture: A psychoanalytic consideration of posttraumatic reactions to incidents of racial discrimination. Psychoanalytic Social Work, 26(1), 5–24. https://doi.org/10.1080/15228878.2019.1604241

Holmes Commission on Racial Equality in American Psychoanalysis. (2023, June 19). Final Report of The Holmes Commission on Racial Equality in American Psychoanalysis [Report]. https://apsa.org/wp-content/uploads/2023/06/Holmes-Commission-Final-Report-2023-Report-rv6-19-23.pdf

Reho, M., & Sanchez-Cardenas, M. (2022). Psycho-social determinants of racism: From psychoanalysis and social psychology to a new interpretative approach. International Journal of Psychoanalysis and Education: Subject, Action & Society, 2(1), 15–28. https://doi.org/10.32111/SAS.2022.2.1.2