心理学エッセンス
犬や猫に感情はある?
柴田 利男
犬や猫を見ていると、前足をつっぱって歯をむき出して唸っているのは、今怒っているんだ、と感じますし、撫でてやった時に顔がゆるんで優しげな声で鳴いたりすれば、今喜んでいるんだ、と感じます。しかし感情心理学・比較心理学の研究によれば、犬や猫(あるいは他の哺乳動物)には、感情があるとも言えるし、無いとも言える、という答えになってしまいます。
これはどういうことでしょうか?
実は、感情(英語では emotion)には、うれしいとか悲しいといった気持ちだけでなく、胸がドキドキするとか顔が真っ赤になるとかとかいった自律神経系の反応、そして表情や身振り手振りの変化である表出行動という3つの側面があります。自律神経系の反応と表出行動は、脳の中心部にある脳幹という部分の活動が関係しています。これに対して、うれしいとか悲しいとか腹が立つとか、気持ちの変化には大脳新皮質の活動が関係しています。野生の動物と違って、人間は大脳新皮質がとても分厚く発達しています。ですから犬や猫も、自律神経系の反応と表出行動は人間と同じように生じますが、大脳新皮質の活動の結果である気持ちの変化は、ほとんど発生していないと考えられます。つまり犬や猫は、うれしい表情をして、胸がどきどきしていたりもするんですが、その時「うれしい」とは自覚していない、ということになります。なので自律神経系の反応と表出行動という側面では「感情はある」と言えるんですが、主観的な気持ちという側面では「感情はない」ということになります。
野生の動物の場合、草食動物が草を食べている時に、自分を餌として狙っている肉食動物を見れば、身体的な恐怖反応が生じて逃げるいう行動が生じます。もちろんこの時「怖い」という自覚はありません。ただ反射的に逃げるだけです。人間の場合は、同じ状況であっても、人によっては、恐怖を感じて逃げる場合もあれば、絶望して動きが止まることもあるでしょうし、また怒りが生じて戦おうという行動が生じる場合もあるかもしれません。友達と遊びに行って、自分は楽しかったけれど友達は退屈していた、というようなこともあり得ますね。実際、生理学的な測定をしてみると、ものすごく怒っている時も、ものすごく喜んでいる時も、自律神経系の反応は、胸がどきどきして顔が真っ赤になって掌に汗をかく、というような同じような反応になります。結局、興奮状態ということですね。野生動物の場合、そのような反応が生じた時に目の前に外敵がいれば逃げる、餌があれば近づくというような行動が、ほぼ自動的に生じます。
けれど人間の場合は、自律神経系の反応や表出行動が同じでも、人によって異なる気持ちを感じているということがあり得ます。言い換えれば、人間の場合は、哺乳動物に元々備わっている(自律神経系の反応および表出行動という)感情反応に、大脳新皮質の働きによって「主観的な気持ちを自覚する」という側面が付け加わった、と考えられます。そこにはその人のモノの見方、考え方が反映されていますから、人によって異なる「主観的な気持ち」を自覚することになるんですね。つまり我々が感じる「気持ち」には、自分が生きてきた経験の歴史が反映されていると言えます。
泣いたり笑ったり、そんな日常的な当たり前の気持ちの変化に、生きてきた歴史を感じることが出来ますね。