ESSAY心理学エッセンス

よい人生とは

よい人生とは

河﨑 俊博

2023.09.01

#お金・暮らし

幸せとはなにか。よい人生とはなにか。
中年期である私が、最近ふとしたときに考えることである。
よい人生とは、偏差値の高い大学に進学することなのか、有名な企業で働くことなのか、あるいは、高い給料をもらうこと、タワマンに住むこと、結婚や子どもに恵まれること、資格やスキルを獲得すること、社会に適応すること…なのだろうか。
こうした疑問や不安を感じている状況を、心理学では「中年の危機」と呼ぶことがあり、私は中年期特有の心理的な危機の真っ只中と言われるかもしれない。あるいは、中年期になっても、やりたいことが見つかっていないから、モヤモヤしているだけだろうと一蹴されるかもしれない。ただ、私の体験を、どのような言葉や概念に当てはめてみても、それではうまく説明できない、納得できない何かを“からだ”では確かに感じている。

心理学者であり、カウンセリングの祖として有名なCarl Rogersは、心理療法の経験から、「よき生き方(Good life)」について次のように述べている。

よき生き方とは、“徳があることや満足、無の境地、幸せといった状態ではない。また、適応している、充実している、何かを実現しているといったものでもない。”(Rogers,1961 p.186)
“よき生き方とは、一つのプロセスであって、ある状態ではない。それは方向であって、目的地ではない。”(Rogers,1961 p.186)
では、よき生き方をしている人の特徴とは、どのようなものか。それは、“ますます体験に開かれること”、“ますます実存的に生きること”、“自分をますます信頼するようになること”である(Rogers,1961 pp.187-191)。

体験に開かれるとは、異なる考えや価値観を認めたり、自分自身がどのように感じていようと、その気持ちや感じがそこに存在してもよい、という許し/赦しを出すことと言い換えることができる。気持ちが生じることに善悪はないが、なぜかある気持ちを抱くことに罪悪感が生じる場合もある。どのような気持ちを抱こうと、あるいは、上記の私の体験のように、なんらかの概念や他者からの言葉にうまく嵌らない体験があったとしても、その体験を認め開かれていくことが大切なのである。
実存的に生きるとは、すべての瞬間を新しいものとして理解しようとし、その瞬間瞬間に生きることである。我々の体験は常に変化しているものである。「私はクヨクヨした性格だから、よい人生とは何か悩んでいるんだ」と、自らを枠組みに押し込めたり、決めつけるのではなく、「ああ、今はこういうことが気になっているんだ」、と体験の変化や新たな側面を認め、その体験のメッセージに従って生きることも大切なのである。
このように、体験に開かれたり、実存的に生きることを通して、我々は、ますます自分自身を信頼できるようになっていくのである。
最近の幸福に関する研究では、よい人生には、人間関係が重要であることが示されている(ウォールディンガー・シュルツ,2023)。よい人生とはなにか。それを考えたり感じながら体験に開かれたり、実存的に生きること、そして日々の人間関係を大切にすること、これらがよい人生へのはじめの一歩なのかもしれない。


文献
Rogers, C. R. (1961): On becoming a person: A therapist’s view of psychotherapy. London, Constable.
ウォールディンガー, R.・シュルツ, M. 児島修(訳)(2023)グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない 辰巳出版