ESSAY心理学エッセンス

差別をなくすために大切なこと
~善意の中に潜む差別~

差別をなくすために大切なこと
~善意の中に潜む差別~

木村 年晶

2022.01.06

#コミュニケーション

先日、筆者が電車に乗っていると、ある駅で一人のお年寄りが乗り込んできた。すると一人の男性が何も言わずすっと席を立ち、そのお年寄りに席を譲った。何も言わなかったのは相手に気を使わせたくなかったからでもあったろうし、やや気恥ずかしかったのかもしれない。いずれにせよ、このような振る舞いを見て、「この男性は高齢者に対して差別している」と非難する人はいないだろう。
高齢者に対する偏見と差別をエイジズムという。米国国立加齢研究所(National Institute on Aging:NIA)の初代所長ロバート・ニール・バトラー(Butler,N.R.,1969)はエイジズムを「高齢であることを理由に人々を系統的にステレオタイプ化(単純化された信念やイメージのこと)して差別するプロセス」と定義している。
エイジズムの問題が複雑なのは、必ずしも高齢者に対する敵意や攻撃など、ネガティブな形で表れるだけでなく、保護的態度や支援など、ポジティブな形でも表れるからである(唐沢,2018)。例えば、「高齢者の大多数は心身が脆弱なので社会の役に立たない」という発言を聞けば、高齢者に対して排他的で敵意ある差別的発言として認識されやすい。しかし、「高齢者の大多数は心身が脆弱なので保護されるべきである」と言えばどうだろうか。一見すると全く異なる態度であるものの、両者は「高齢者は無力で自立性に欠ける存在」とのステレオタイプに基づき形成されている、という点では同じである。
確かに冒頭の男性は、善意に基づき行動したのであるから、必ずしも非難されるものではないと思う。ただ、その背後にあるステレオタイプに目を向けなければ、善意に基づく行動が結果として差別になりうるということを、私たちは知っておかなければならない。私たち一人ひとりが、エイジズムに陥らないためには、高齢者を一括りにして捉えるのではなく、一人ひとりの違いに目を向け、援助される側の自己決定を尊重する態度が求められる。すなわち、山中(2014)がすでに指摘しているように、善意を受け入れる権利だけではなく、拒否する権利もまた、大切にできる社会が必要ではないだろうか。

引用文献
Butler, R. N.(1969).Age-ism: Another form of bigotry.The gerontologist,9,243-246.
唐沢 かおり(2018).高齢者 北村 英哉・唐沢 穣(編)偏見や差別はなぜ起こる? ―心理メカニズムの解明と現象の分析―(pp.203-219) ちとせプレス
山中 菜月(2014).拒否する権利、受け入れる権利 大阪法務局・大阪府人権擁護委員連合会