ESSAY心理学エッセンス

机が汚いと仕事ができない?

机が汚いと仕事ができない?

小野 由莉花

2022.07.15

#自分磨き

デスクが汚い人は仕事ができない,とよく言われます。
この原稿を書いている机の上を見回すと,書きかけのノート,読みかけの本,読みかけの論文,水の入ったマグカップ,メモ帳,シャープペンシル,ハンドクリーム,ぬいぐるみ,USB メモリのキャップ,食べかけのおやつ等々が,筆者を中心に同心半円状に並んでいます。机の上が汚い人は作業の優先順位をつけられず,仕事の取り掛かりも遅い上に,さらには運も逃すそうです。そういえば先月引いたおみくじは凶でしたね。
しかし,デスクが汚い人は仕事ができない,と言い切るのはいささか早計かもしれません(筆者は仕事ができる,と申し上げているわけではございません。悪しからず)。
夏休みの宿題を思い出してください。7 月中に終わらせる派と最終日に泣きながらやる派で議論が別れるところですが(最後までやらない派ですか?それは失礼致しました),宿題が残っている状態だと,常に頭の片隅に宿題が引っかかっている,遊んでいても宿題のことを 考えてしまって楽しめない,というような経験はございませんでしたか。
人は,「終わっていないもの」に対して注意を向け続けることが知られています。終わっていない宿題や仕事以外にも,解けないクイズ,いいところで終わったドラマ,あの人が最後にくれた微笑みにはどんな意味があったのか,等々,理由が分からず,完結できない状況を,私たちはいつまでも考え続けてしまうのです。この現象は,ツァイガルニック効果と呼ばれます(Zeigarnik, 1938)。何かが未完結であり,結果が分からない状態,というのは脅威を導く可能性があります。例えば,見たことのない雲が空に浮かんでいて,何も対策をしなければ,大雨で家が流されてしまうかもしれません。見覚えのない足跡を放っておけば,一家揃って猛獣に襲われてしまうかもしれません。結末が分からない状況に対しては,一刻も早く理由や予測を立て,そのような状況を完結させなくてはなりません。このように,人には未完結な状況を完結させたい,という強い欲求があり,理由や結末が分からない状況に対して注意を向け続ける,という機能が備わったと考えられています。
この,「完結させたい!」という強いモチベーションを効果的に用いていたのが,かの有名な作家,ヘミングウェイです。彼は仕事を切りのいいところで終わらせるのではなく,少し残った状態で終わらせることで,次の日の作業にすぐ取り掛かれるようにしていたそうです。実際に,少し残った課題を早く終わらせたい!と思う現象に,ヘミングウェイ効果,という名前がついていたりします(Oyama, Manalo, & Nakatani, 2018)。
つまり,やりかけの作業で溢れているデスクの持ち主は,物事を先送りにせずすぐに取り掛かることができる人物,といえるのではないでしょうか。実際にこの原稿も,締め切り前に余裕を持って書き終わることができそうです。残りも後数十字程度ですし,休憩がてら飲み物でも…………
マグカップに腕が当たり,本と論文に水がかかり,シャープペンシルは床へと落下していきました。とりあえず,マグカップに飲み物を入れる時は7分目までにしておこうと思います。

引用文献
Oyama, Y., Manalo, E., & Nakatani, Y. (2018). The Hemingway effect: How failing to finish a task can have a positive effect on motivation. Thinking Skills and Creativity, 30, 7-18.
Zeigarnik, B. (1938). On finished and unfinished tasks. In W. D. Ellis (Ed.), A source book of Gestalt psychology (pp. 300–314). Kegan Paul, Trench, Trubner & Company.