ESSAY心理学エッセンス

かいじゅうたちのいるところ

かいじゅうたちのいるところ

ジェイムス 朋子

2023.10.02

#自分磨き

大学の私の研究室の入ってすぐのところに、「かいじゅうたちのいるところ Where the Wild Things are」(モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳)という絵本を置いています。お好きな人も多い絵本ではないでしょうか。学生さんたちに聞いてみると、「あまり好きではなかった」という声も結構耳にします。好き・嫌いの分かれる絵本なのかもしれません。私はこの絵本がとても好きで、絵本として出会い、大事にしてきました。私はまず、この絵本の絵が好きです。特に、なんと言っても「かいじゅうたち」の絵がとても好きです。絶妙にワイルドさと愛らしさにあふれた「かいじゅうたち」が生き生きと描かれています。
ご存じでない方のために、少しだけストーリーをお伝えします。ある晩、おおかみのぬいぐるみを着ておおあばれしたマックスに、お母さんは「この かいじゅう!」と怒ります。マックスも負けずに「おまえをたべちゃうぞ!」と言い、マックスは夕ご飯抜きで寝室に放り込まれることになりました。すると、寝室ににょきりにょきりと木が生えだして…、その後1年と1日をかけて、マックスはかいじゅうたちのいるところにたどり着きます。出会ったときのかいじゅうたちは恐ろしい様子なのですが、マックスは腹を立て、怒鳴り、魔法を使い、かいじゅうたちの王様になります。踊ったり、森の中で遊んだり、かいじゅうたちとその王様のマックスの絵はいかにも楽しそうで、これはぜひ絵本を実際に手にとって見ていただきたいところです。
マックスがその後お母さんのもとに戻るまでのできごとや、かいじゅうたちやマックスから発せられる言葉、そして、描写は、心理学的に、そして私の専門とする精神分析的に、とても意味深く、私としても私なりの考察を熱く語りたいところです。ただ、今回は紙数の関係もありますので、ここでは禁欲しておきます。
私にとってこのストーリーは、人が自分自身の愛と怒りに出会い、それを自分のものとするストーリーで、そのプロセスにおいていかに心の内的世界と重要な他者との出会いが大事なものであるかを力強く見事に描いていると思います。
精神分析学では、性愛性と攻撃性を人の根源的な力の源として見ます。人が生まれるところから、私たちは自分の中のその大きな力に出会い、困り、時には遊び、飼いならし(tame)、自分のものとし(own)、さらに成熟させて(mature)いきます。根源的な原始的な力は、そのエネルギーの甚大さ故に、時に私たちはそれを“ソレ”としてなんだかよくわからないものと感じたり、自分の心の外にあるものと感じたり、敵であるかのように感じたり、なかなかやっかいなものにもなり得ます。でも、人は大人になっていくにつれて、自分の中のエネルギーをよく知るようになり、仲良くなり、コントロールできるようになり、さらに生産的に活用させられるようになります。そのプロセスは誰にとってもなかなか大変なものですが、そのプロセスのストーリーこそ、ひとりひとりの人生のストーリーです。そして、精神分析や精神分析的心理療法は、特別な面接空間の中でセラピストと対話しながら、自身の中のなんだかよくわからないワイルドなソレ(the wild things)に向き合い、改めて出会いなおしていく心の旅のような営みです。
私の研究室が、訪れてくれる学生さんたちにとって、時には「かいじゅうたちのいるところ」になるといいなあと思い、ずいぶん古くなってしまった絵本ですが、研究室の入り口の真ん中に置いています。
ご関心をお持ちいただけたら、ぜひ私の研究室に訪れて、「かいじゅうたち」と出会ってください。