レイルウェイ・カウンセラー始めました
レイルウェイ・カウンセラー始めました
2025.01.06
#趣味
最近、レイルウェイ・カウンセラーを自称するようになりました。実は、前回の心理学エッセンスに「鉄道好きの妄想力」と題して書いたのですが、それを鉄道雑誌の編集者がご覧になったご縁で「旅と鉄道」2022年9月号(天夢人)に寄稿する機会を頂戴しました。少年時代から愛読してきた雑誌に自分の文章が載るのが嬉しくなってしまった私は、「旅と鉄道」での連載が知られる随筆家の種村直樹氏が「レイルウェイ・ライター」を名乗っていたのをもじって、レイルウェイ・カウンセラーという新たな職業を考えたわけです。その後、学科内でも少しずつ、私が「鉄ちゃん」であることが知られ、プレイセラピーの事例検討会において、クライエントである幼児さんが好きだという電車についての解説を求められたりはしておりますが、今のところ、この職業で食べて行ける目途は立っておりません(笑)。しかし、今回エクールから「鉄道ネタでもう1本」と依頼がありましたので、鉄道と癒しを結び付けて、私なりに思うところを書いてみたいと思います。
鉄道旅行の魅力のひとつは「ボーッとできる」ことだと私は思っています。先日も鹿児島で講演を頼まれて、片道4時間かけて新幹線で行きましたが、この4時間が自分だけの時間になるわけです。読書をしていても、仕事をしていても、駅弁をアテに1杯やっていても、そしてボーッとしていても許されるのです。職場でボーッとしていると、無駄な時間に思えたり、場合によっては上司に叱られたりしますが、新幹線の中でボーッとしていても「だって今、頑張って時速300キロで移動しているもんね」(頑張っているのは自分ではなく新幹線なのですが)と言い訳ができる安心感があり、胸を張ってボーッとできます。「胸を張ってボーッ」は、遠方まで旅行しなくても、たとえば通勤電車の中でも短時間であれば可能です。自分で運転しなくてはならない車とは決定的に違います。
このボーッとする時間は、脳にとって非常に重要な意味を持つことがわかっています。ボーッとしている時に、脳は「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれるネットワークが活性化していて、1日の脳の活動エネルギーの75%がこの活動に使われているのだそうです。そしてデフォルト・モード・ネットワークの働きとして、ワーキングメモリの疲労回復になったり、「自分が自分である」という自己認識が作り出されたりすると言われています。前者の記憶や学習といった側面について詳しくは、行動・脳科学領域の先生方にお任せするとして、私は後者の自己認識の部分について、心理臨床的観点からもう少し考えてみたいと思います。
上記の通り、列車に乗ってボーっとしていると、脳が自ずと、自分自身と向き合い、自分とは何者であるかに思いを馳せるモードになると言えます。もちろんボーッとするのは列車以外でもできるわけですが、レイルウェイ・カウンセラーとしては、「鉄道旅行は人生そのものを象徴する」という点で、列車の中で自分と向き合うことを特にお勧めするわけです。人生を、鉄道旅行や、レールの上を走ることに喩えるのは、使い古されたメタファーなのかもしれません。しかし、私のところにカウンセリングを受けに来られる方を拝見していて思うのは、人生を車の運転と勘違いしている、すなわち「自分で操縦(コントロール)できる」と思わされすぎているのではないか、ということです。
人生において、自分でコントロールできることは限られており、その意味で人生は、行き先もわからない、いつ突然「終点です」と言われるかもわからない列車に乗っているようなものではないでしょうか。たまに、接続駅で他の列車に乗り換えるかどうかというくらいの、大きな決断を迫られることもあるのかもしれませんが、駅に何時に着くのか、接続する列車があるのかどうかさえ、その時にならないとわからないのです。しかしながら、世の中が便利になり、あらゆることがコントロールできるようになった(ような気がしてしまう)現代では、自分の計画通りに物事を進めることが良しとされ、それができない場合は自分の非とされ、自己責任と言われてしまう社会の雰囲気すらあります。
私に悩みを語る方々は、「自分の思い通りに人生が進んでいない」ことを嘆き、「自分がコントロールに失敗したからだ」と自分を責めていることが多いように思います。しかし考えようによっては、人生は降りることのできない列車に乗っている状況なのですから、自分ではどうにもならないことは起こりますし、乗っている列車について不安や不満を口にしたり、「降ろしてくれ」と騒いだりしたところで、何もうまくいきません。むしろ、今乗っている列車の行く末に身を委ねて、その中でどう過ごすかを考えた方が、よりよく生きることにつながるはずです。
鉄道の旅で味わうことのできる「身を任せて揺られていく」感覚は、実は現代社会に忙しく生きる我々にとって、時々思い出す必要のある、とても大切なものかもしれません。みなさんもたまには、列車の中でボーッとすることで、自分の人生に思いを馳せながら、自分自身と向き合う時間を作ってみてはいかがでしょうか。
参考文献
西多昌規(2016)ぼんやり脳! 飛鳥新社
※「旅と鉄道」2022年9月号に掲載された、濱田智崇「なぜ人は秘境駅に惹かれるのか」は2024年12月発売の「秘境駅の世界」(旅鉄books編集部編・イカロス出版)に再録されています。