他者とのつながりが人々を健康に保つ
他者とのつながりが人々を健康に保つ
2022.09.01
#コミュニケーション
“Chronically lonely flies overeat and lose sleep.”これは2021年にNature誌に掲載された論文のタイトルです(Levine, 2021)。日本語に訳すと「慢性的に孤独なハエは過食と睡眠不足に陥る」となります。この論文では,キイロショウジョウバエを用いた実験が紹介されています。1週間集団から孤立させられたハエは,集団にいるハエや1日だけ孤立させられたハエよりも,睡眠時間が短く,摂食量も過剰に多いという知見が得られています。この実験結果は,ハエは長時間社会的に孤立させられると,不健康に陥ることを示しています。おそらくですが,ハエは人間のように言葉を使ってコミュニケーションをとれるわけでもなく,人間のように他者と喜びや悲しみを共有するといったこともできないでしょう。しかし,この実験結果はハエも人間と同じ社会的生物であることを意味しています。
ハエの世界ですら社会的な孤立,つながりの欠如が不健全な生活をもたらします。では,普段から友達と喋り,家族と同じ空間で過ごし,ときには集団で同じ喜び・悲しみを共有する人間が孤立させられるとどうなるでしょうか。おそらく,孤立させられた人間が健全な生活を保つことは難しいでしょう。しかし,裏を返せば,社会的なつながりは人々を健全に保つうえで非常に重要な要因だと言えます。例えば,毛利・藤岡(2018)は,2665名の前科のある人を対象に,148名を介入群,2517名を統制群に分けた実験を行いました。介入群の人達には,治療共同体というコミュニティが与えられました。治療共同体では,犯罪行動をとったときの心情や体験を語り合うなど,他者とのつながり・集団への所属感を育むプログラムが組まれました。その結果,統制群よりも,治療共同体を導入した介入群の方が,刑務所への再入所率が低いという知見が示されました。このような社会的つながりを持たせるプログラムは,ヨーロッパを中心に展開されており,再犯抑止につながっているそうです。
ちなみに,感染症対策の1つとして“距離の確保”がありますが,よくソーシャルディスタンスと表現されています。しかし,距離の確保を“フィジカルディスタンス”と表現することが推奨されています(Bavel et al., 2020)。これは距離の確保を,「他者との関係を断つ」という意味で捉えないようにするためです。
さて,社会的つながりは人々の生活を健全なものにさせます。仮に,集団の中でルールから逸脱し,孤立してしまった者がいたとします。そのとき,「変われるかどうかは本人次第やろ」や「自分の失敗は自分で責任とれ」と言いたくなるときもあるでしょう。確かに,その人が自らの力だけで立ち直ることがあるかもしれません。ただ,周りにいる人間がサポートしてあげることも必要になります。感情を共有し,集団への所属感を持たせ,誰かと関わり合っているという認識を持たせる。こういった取り組みが,その人を社会に適応させ,健康に生活させるうえで大きな要因となるでしょう。
参考文献
Bavel, J. J. V., Baicker, K., Boggio, P. S., Capraro, V., Cichocka, A., Cikara, M., ... & Willer, R. (2020). Using social and behavioural science to support COVID-19 pandemic response. Nature Human Behaviour, 4(5), 460-471.
Levine, J. D. (2021). Chronically lonely flies overeat and lose sleep. Nature, 597(7875), 179-180.
毛利真弓, & 藤岡淳子. (2018). 刑務所内治療共同体の再入所低下効果—傾向スコアによる交絡調整を用いた検証—. 犯罪心理学研究, 56(1), 29-46.