ESSAY心理学エッセンス

理想的な休日の過ごし方? -記憶、海馬、運動の不思議な関係-

理想的な休日の過ごし方? -記憶、海馬、運動の不思議な関係-

坂本 敏郎

2023.01.06

#こころと行動の関係

日常の出来事を覚えておくことや心理学の用語を覚えておくことは、『記憶』と呼ばれ、心理学で盛んに行われてきた研究テーマのひとつです。期末テストや資格試験で必要な記憶は、集中学習よりも分散学習の方が、テキストを読むこと(記銘する)よりも問題を解くこと(想起する)の方が定着しやすいことが知られています。効率的な勉強法については別の機会でお話したいと思います。

さて、日常生活やテストに必要な記憶は、『海馬』という脳の部位で処理され、一定期間蓄えられてから、別の脳領域である大脳皮質へ移行して長期記憶として保存されます(このプロセスには『睡眠』が関係しているようです)。海馬が記憶に重要なはたらきを持つことは、ひと昔前のH・Mさんの事例研究からきています。てんかん治療のために海馬を切除したH・Mさんは、知能は正常でしたが、新しいことを覚えることができなくなりました。その後、サルやネズミを対象にした研究からも、海馬が記憶に重要であることが明らかにされています。

ところで、脳は神経細胞の集まりですが、少し前まで神経細胞は赤ん坊の時が最大値で、成長すると少しずつ減っていくと考えられていました。しかし近年、ヒトでもネズミでも大人の海馬で神経細胞が新生することが明らかになりました。神経細胞が大人になってからも増えるという事実は画期的な発見でした。では、この新しく生まれた海馬の神経細胞はどのような役割を持っているのでしょうか。ネズミの研究において、新生細胞の増加は認知機能の維持やうつ状態からの回復などの素晴らしいはたらきが報告されています。また最近の知見では、海馬に蓄えられているトラウマ記憶を忘却させることが示されています。興味深いですね。海馬の新生細胞が増えることで、トラウマ記憶はどうなるのでしょうか。少しマイルドな記憶に変容されて、睡眠中に大脳皮質へと移行するのかもしれません。ヒトの場合だと、嫌な出来事も時間が経つと仕方のないことだったと割り切れるようになる、そんな感じでしょうか。

このように見てきますと、私たち自身の海馬の新生細胞を増やすことができたらいいなぁ、という思いが生じてきます。そんなこと無理なのではと思われるかもしれませんが、実はそれほど難しいことでもないようです。例えば、輪回し運動を継続したネズミでは、海馬の新生細胞が増えることが報告されています。ヒトにおいても、有酸素運動と呼ばれる軽度な『運動』を(6ヶ月程度)継続すると、海馬での酸素の供給が高まることが実証されており、それに関連して新生細胞が増加しているのではと推察されています。運動や睡眠はからだの健康によいだけでなく、記憶の維持や感情の安定といったこころの健康にも非常に良い影響を与えているのです。

休日に散歩やジョギングをしてからエクール授業に取り組み、美味しいものを食べた後に、しっかりと睡眠をとる。これらを繰り返すことで、こころもからだも軽やかになった新しい自分に出会える日が来るかもしれませんね。。。Good luck! 

・アンダース・ハンセン (2018) 一流の頭脳 サンマーク出版
・石川理絵・稲葉洋芳・喜田聡 (2016) メマンチンによる恐怖条件づけ記憶忘却の生化学的性状の解析 日健医誌, 25, 121-126.
・井ノ口馨 (2015) 記憶をあやつる 角川選書
・切池信夫 やる気と行動が脳を変える 日本評論社