ESSAY心理学エッセンス

人は思った通りに動いてくれない
―過度な防犯対策による逆効果―

人は思った通りに動いてくれない
―過度な防犯対策による逆効果―

横井 良典

2023.07.03

#こころと行動の関係

 次のことをイメージしてみてください。みなさんが住む地域の知事が「防犯対策を強化しよう!」と訴え,警察が町のあちこちでパトロールするようになりました。パトロールは昼夜問わずに行われ,警察を見かけない日がないくらい,警戒態勢が厳しくなっています。さて,この状況でみなさんは「警察がいれば安心!安心!」,「平和な町で良かった!」と思えるでしょうか? おそらくそうは思えないはずです。むしろ,住み心地が悪く,毎日不安にかられることでしょう。このように,安全を強化するための過度な防犯対策が,かえって人々の不安をあおり,逆効果を生むことが近年の研究で明らかにされています。
Blair and Weintraub (2023) はコロンビアのカリという都市を対象に,軍事介入による防犯対策の効果を検証しています。カリは人口10万人あたりの殺人件数ランキングでは,世界の都市のトップ20に入るくらい治安の悪い都市です(カリは約50件)。この実験では,カリの一部の地区に武装した軍隊6~8人をパトロールさせる軍事介入が行われました。素朴に考えると,武装した軍隊がパトロールしている方が,人々に「悪いことはできない」と思わせ,犯罪は抑止されるはずです。また,犯罪抑止対策を強化することで人々の犯罪不安も軽減されるはずです。ところが,介入する前後や,介入している地区とそうでない地区を比較した結果,犯罪件数や人々の不安に顕著な違いは見られませんでした。むしろ,数値だけを見ると,軍事介入している地区の方が犯罪件数は多く,不安評定も高いという結果が得られています。
このように,社会を安全なものにしようと過度な対策をすることはかえって人々の不安をあおり,しかも犯罪を増加させることが示唆されています。人々に安心してもらう,そして犯罪も減らそうと思うと,むしろ自由の利く(過度に制約しない)社会が必要かもしれません。と言っても,日本はかなり安全な国なので,このような話はあまり実感がないと思います。日本では犯罪も毎年減ってきています。人口10万人あたりの殺人件数は1を下回り,ほぼ0に近い数字です(カリとは雲泥の差です)。
ただ,上記で紹介した知見から1つ知っておくべきことがあります。それは“人間は思った通りに動いてくれない”ということです(防犯対策が強化されたとしても,犯罪が減るわけではない)。今回は軍事介入の研究を挙げましたが,このような知見は他にもあります。例えば,「地震などの自然災害を危険だと認識させたとしても,防災行動につながるわけではない」といったことです (Wachinger et al., 2013)。“なぜ思った通りに動いてくれないのか”という原因を特定するのは難しいですが,こういった原因を探っていくところに心理学を研究する面白さがあります。

参考文献
Blair, R. A., & Weintraub, M. (2023). Little evidence that military policing reduces crime or improves human security. Nature Human Behaviour.
Wachinger, G., Renn, O., Begg, C., & Kuhlicke, C. (2013). The risk perception paradox—implications for governance and communication of natural hazards. Risk Analysis, 33(6), 1049—1065.