ESSAY心理学エッセンス

自分の行動は自分で決める……?

自分の行動は自分で決める……?

小野 由莉花

2023.08.01

#こころと行動の関係

 あなたは今日,目覚め,何か食べるなり飲むなりし,一歩は動き,この文章を読む,という状況に至っていると推察します。人間の生活は、いくつもの行動の積み重ねで成り立っています。では皆様は,なぜ,それらの行動をしたのでしょうか?
 「自分がその行動をしたかったから」でしょうか。

 想像してみてください。あなたは通りを歩いています。すると妙齢の女性に道を尋ねられました。しかしあなたはその場所が分からなかったため,「すみません,わかりません」と答えました。
 30メートルほど歩いたところで,今度は別の女性に声をかけられました。
「すみません,あの人たちが私のスマホを取り上げて,返してくれないんです…。」
彼女の指さす先には,いかにもガラの悪そうな不良集団が…。さて,あなたはどのような行動をするでしょうか。彼女のために不良集団に立ち向かうでしょうか。それとも関わらないようにするでしょうか。

 これは2010年に,フランスの大学が実際に町の通りで行った実験です(Lamy et al., 2010)。道を尋ねた女性,スマホを取り上げられた女性,そして不良集団は皆,実験者が用意したサクラでした。30~50代の男性60名に声をかけた結果,不良集団に立ち向かったのは12名(20%)でした。しかしある条件では,不良集団に立ち向かった男性は,60名中22名(36.7%)にまで跳ね上がったのです。その条件とは,最初の女性に,「バレンタイン通りはどこですか?」と尋ねられたことでした。
 フランスではバレンタインデーは,「恋人たちのお祭り」の日だそうです。恋愛に関連する通りの名前が,女性に優しくするべきだ,という男性の性役割的な思考を活性化させたことで,女性を助ける行動につながった,と考えられています(性的指向性やジェンダー観に関する議論は次回に譲ります)。もちろん,通りの名前によって自分の行動が決められた,と気付いた参加者はいませんでした。
 このような,特定の知識や連想が無意識のうちに活性化され,その後の認知や行動に影響が生じることを,プライミング効果と呼びます。人の行動は,さっき聞いた通りの名前,見た動画,嗅いだにおい,食べた味,触った感触……そういったもので簡単に操られてしまうのかもしれません。

 さて,今月も何とかこの執筆を終え,次は採点に取り掛からねば………,と思った私の手には,何故かゲーム機が握られています。
 この行動だって,決して私が怠惰なのではなく,何者かに操られているのかもしれません。

引用文献

Lamy, L., Fischer-Lokou, J., & Guéguen, N. (2010). Valentine street promotes chivalrous     helping. Swiss Journal of Psychology. 69, 169-172. https://doi.org/10.1024/1421-0185/a000019