ESSAY心理学エッセンス

マスクへの違和感からマスクが普通っていう変化から連想したこと

マスクへの違和感からマスクが普通っていう変化から連想したこと

仲倉 高広

2022.02.09

臨床心理学領域

新型コロナ感染症(COVID-19)が流行りだして2年が過ぎました。当時はマスクを着け続けることへの慣れなさで大変でした。それが今では,マスクを着けていない人を見ると,“えっマスクは?”とマスクありきの状況が通常になってきました。多数の人が触るドアノブを消毒したりすることも当たり前になってきました。公衆のトイレのドアノブに触らないや,電車のつり革を洋服の袖を利用しつかまるなど,工夫している人も多いのではないでしょうか。生活するうえで健康を守る大事な保健行動といえます。しかし防御したいという思い・感情と行動によって,たとえばドアノブをきれいにしようとしすぎるあまり,勤務時間に間に合わないなど,生活に支障をきたし始めると問題行動となってしまいます。心理療法やカウンセリングを利用される方たちは,このような保健行動と問題行動の境界線上におられる方といえるかもしれません。
もちろん病気や問題行動はないほうが生きやすいと思います。病気や問題行動で悩んでいる方はすぐにでもそこから解放されたいと祈るほど苦悩としんどさのさなかにおられることでしょう。ですから問題に意味があるなど軽々しく言えません。しかし,その苦しみにカウンセラーは真摯に向き合い,敬意と勇気,覚悟をもって先の見えない道中をともにします。問題がそのクライエントの命を守っていたり,問題の中に,その人らしさやそのクライエントの打開していく力の萌芽が宿っていたりするかもしれないという仮説を持ちます。その仮説は,カウンセラーを楽観的にするものでもなく,確信を持てるものでもありません。その不確実な人生への信頼という不確かな事態にカウンセラーは直面化していくことになり,並大抵なことではありません。苦しんでいるクライエントを目の前にし,共感的理解を示しつつ,問題そのものにも敬意を払うという作業は,カウンセラーにとって早々に解決し終わらせた方が良いのではないかという誘惑や,解決を望むクライエントからの要求にも耐えなければなりません。
以上のように,臨床心理学/心理療法学では,問題そのものを問題視します。クライエントが抱えてくる問題に敬意を払い,丁寧に接しながら,その問題にとことん付き合っていきます。それは問題を「〇〇症」といった分類に振り分け一般化していくのではなく,その個別性に向き合っていきます。遠目でみると灰色に見えるものも,細かく見ていくと真っ黒の点や灰色の点,ときに真っ白の点がまじっていることが見えるように,問題そのものを細かく見ていくと言えるかもしれません。
認知行動療法では問題をクライエントの個別の行動レベルで,人間性心理学では問題の体験レベルで,力動性・深層心理学では問題の歴史性(反復)や目的論的に向き合っていきます。それぞれ学派による入り口やルートは違いますが,問題を排除せず深めていくという点では共通しています。問題に敬意を払うという視点で臨床心理学を見直してみると面白いかもしれません。